#007
香川県坂出市
居場所を選び直すという人生の決断 杉山裕樹
世界とつながりたいという原点
杉山優希は、もともと海外と日本をつなぐ仕事に就いていた。大阪で海外留学を扱う旅行代理店に勤務し、英語を学びたい日本人にフィリピンの語学学校を紹介する日々を送っていた。英語を学びたい理由は人それぞれだった。将来のために武器を得たい人もいれば、環境を変えたい人もいる。あるいは、今いる場所から一度離れ、自分自身を見つめ直したいという人もいた。
顧客一人ひとりの、新しい世界に踏み出そうとする不安と期待が入り混じった声に耳を傾け、最適な環境を提案する。その仕事は、彼にとって単なる業務ではなく、かつての自分自身を重ねる営みでもあった。
英語との出会いは、中学生の頃に遡る。教科書の中に並ぶ知らない単語や文法は、最初はただの記号のようにも見えた。けれど、それらを理解し始めた瞬間、遠く離れた場所にいる誰かとつながるための道具になることを知った。自分が暮らしている場所の外側に、まったく異なる価値観と文化が存在している。その事実は、彼の好奇心を静かに刺激し続けた。
決定的な転機は、大学時代に訪れた。インドネシアやフィリピンでの国際ボランティアに参加し、言葉が通じない現実と向き合うことになった。伝えたいことがあるのに、適切な言葉が見つからない。頭の中では明確なのに、それを外に出すことができない。そのもどかしさは、想像していた以上に大きかった。それでも、限られた語彙と表情、身振りを通して、少しずつ関係が生まれていく。完全に理解し合えたわけではなくても、確かに何かが通じたと感じる瞬間があった。その経験は、彼の中で長く残り続けることになる。
もっと世界を知りたい。もっと深く人と関わりたい。その思いが、彼の内側に静かに根を張り、進路を形づくっていった。就職、結婚、出産といった大きなライフステージの変化を経ても、言葉を学ぶことによって世界の見え方が変わる感覚を知っていた杉山は眼の前の選択が持つ意味を軽く扱おうとしなかった。
しかし人生は、常に直線では進まない。第二子の誕生とコロナ禍が重なり、家族四人での都市生活は便利で効率的だったが、同時に閉塞感も伴っており、時間の流れは早く、余白は少なかった。次第に杉山は限界を感じ始めた。この環境は自分たちにとって、そして子どもたちにとって望ましいものなのか。先の見えない時代に、子どもたちにどんな環境を用意したいのか。自分はどこで歳を重ねていきたいのか。問い直す時間が生まれた。

夫婦はともに海のない県で育った。だからこそ、瀬戸内海への憧れが長く心のどこかにあった。広がる水平線を日常の中で見られる場所。自然の変化を身近に感じられる場所。
移住という選択肢を探る中で地域おこし協力隊の制度を知った。収入や住居の一定の保障がありながら、新しい挑戦ができる。その枠組みは、すべてを失うことなく人生を再設計するための現実的な足場のように思えた。
2023年4月、彼は香川県坂出市へ移り住むことになる。
歩くことでしか見えない風景
坂出市に着任した当初、明確な指示はなかった。市としても初めての受け入れであり、前例はない。何をすべきかは、自分で見つけなければならなかった。だが杉山は戸惑いよりも自由を感じたという。与えられた役割をこなすのではなく、自分自身で関わり方を選べる。ならばまず、この土地を知ろうと考えた。
一年目、彼はひたすら街を歩いた。観光地だけでなく、港の周辺、住宅地の細い道、商店街の奥まった場所、地域のイベント。特別な目的を持つのではなく、ただ足を運び、顔を出し、声をかけ、名前を覚えてもらう。情報を集めるというよりも、自分自身を街に預けていく時間だった。杉山は時間をかけて少しずつ、自分の存在を街の中に溶け込ませていった。地図の上では分からないことが、歩くことで見えてきた。
それは資料やインターネットでは得られない杉山だけの貴重な知識となった。
歩いたからこそ知った景色がある。季節ごとに色を変える海、地元の人しか知らない静かな浜辺、何気ない会話の中にある土地の記憶。外から訪れるだけでは決して触れることのできない記憶。その積み重ねは、土地の輪郭を自分の内側に形づくり、後に思いがけない形で生きてくることとなった。
三年目の春、まちづくりに関わるイベントで宿づくりの構想を耳にする機会があった。そこにいたメンバーと将来像を語り合ううちに、自分がぼんやりと描いていた宿泊業への関心が、具体的な輪郭を帯び始めた。協力隊の任期後の道はまだ定まっていなかったが、ここで関わることで、自分の未来を育てられるかもしれない。そう感じた。
現在、彼はチェックインや清掃、新規物件のDIY、現地調査などに携わっている。宿泊客の約一割は外国人だという。
ある日、北欧から来た若者たちを地元の浜辺へ案内したことがあった。冬の冷たい空気の中で、彼らは迷いなく海へと入っていった。日本の海は温かいと笑う姿に、文化の違いと同時に、自然を全身で味わう感覚を教えられた。同じ海でも、見る人によって意味が変わる。その違いを目の当たりにしながら、彼は自分がこの土地を案内する立場になっていることを実感した。
もし一年目に街を歩いていなければ、あの浜辺には辿り着かなかっただろう。地域を知るとは、地図を覚えることではない。誰かを案内できるほどに、自分の身体に土地を染み込ませることなのだと、彼は実感している。

ここで根を張るという選択
地域おこし協力隊は三年で任期を終える。多くの人が次の土地へ移る中で、杉山はこの地に残る決断をした。
坂出で出会った人たちとの関係を手放したくなかった。この土地での思い出を、途切れさせたくなかった。何よりも、三年間歩き続けたこの土地で時間をかけて紡いできたつながりを、もう一度ゼロからやり直すよりも、ここで深めていくほうが自分らしいと思えた。
別の場所で新しく始めることもできる。だが、自分が歩き続けてきたこの街には、すでに自分の時間が積み重なっている。その積み重ねの上に未来を築くほうが、自分にとって自然な選択だった。
将来、妻の実家がある奈良へ移る可能性もある。そうなったとしても、ここでの経験は消えない。その時に必要なのは、どこへ行っても自分で生きていける力だ。宿づくりに関わり、現場で学び、仲間と共に仕事をつくる。その経験こそが、場所に縛られない力になると考えている。どこの街に行ったとしても、異聞の手で関係を気づき、役割を見つけていく感覚こそが、杉山にとっての基盤になりつつあった。
丸亀で進む新しい宿の計画もまた、新しい時間の始まりを予感させていた。丸亀城と瀬戸大橋、そして里山に囲まれた場所に立つ。三階の屋上からは三つの風景が一望できるという。城の歴史、橋のダイナミズム、山の穏やかさ。それぞれ異なる時間の流れが交差する中心に、滞在の場がある。異なる歴史とリズムを持つ風景の中に身を置くことで、人は時間の流れを少しだけ変えることができる。
彼にとって宿とは、単に泊まる場所ではない。人と土地が出会い、互いの価値観を少しだけ揺らす装置だ。かつて自分が異国で感じたあの感覚を、今度は迎える側として生み出したい。これは大きな転換であると同時に杉山の経験の延長にも思えた。
かつて異国で、自分が感じたあの感覚。見知らぬ土地で、自分の輪郭が少しだけ広がったあの瞬間。その経験を、今度は迎える側として生み出していく。坂出での暮らしは、そのための土台になっていた。
人生は、どこで生きるかを選び続ける営みだ。一度決めて終わるものではない。杉山は坂出を選び直した。そしてその選択の中で、人との関係を育て、仕事をつくり、未来への準備をしている。
居場所とは、与えられるものではなく、関わり続けることで形になるものなのかもしれない。
