creators_voice クリエイターの声

#006
新潟県佐渡市
未知への一歩が居場所を育てる 伊藤卓也

はじまりは、行ったことのない島だった

伊藤拓也が佐渡島に降り立ったとき、そこには過去の記憶も、頼れる人間関係も存在していなかった。訪れたこともなければ、暮らしたこともない。地図の上では知っていても、底に流れる時間や、そこに生きる人々の気配は想像の外にあった。

けれど彼は、その未知に対してためらいよりも底に身を置くことでしか得られないなにかを選んだ。未知の土地へ向かうという決断は、多くの人にとって慎重さを要するものだ。けれど彼にとっては、不確かさの中にこそ、これまでの延長線にはない可能性があるように感じられた。

きっかけは、信頼する人物からの一言だった。「佐渡で空き家の事業を始める。一緒に来ないか」。それは、具体的な計画のすべてが整っているというよりも、これから形にしていく段階の誘いだった。だが伊藤は、その言葉の中に確かな方向性を感じ取っていた。整いきっていないからこそ、自分の手で関わる余地がある。すでに出来上がったものに加わるのではなく、何もないところから立ち上げていく。その過程に身を置くことは、自分自身の実力を試し、人生の軸を再確認する機会でもあった。

伊藤はその誘いにほとんど迷わなかったという。

不安がなかったわけではない。生活環境が大きく変わること、知人もいない土地で新しい日常を築いていくこと。その一つひとつを考えれば、躊躇する理由はいくらでもあった。それでも、これまでの人生で経験したことのない挑戦に身を投じる期待、えも言われぬ高揚感が、それを上回った。

2023年9月。事業の立ち上げ当初から現場に関わることになった。最初の一棟目である「離れ」と呼ばれる物件の整備から始まり、空き家が宿へと変わっていく過程を、自分の手で見届けてきた。現在も現場に立ち続けており、四つの物件を担うエリアマネージャーとして運営の中心を担いながらも島の日常の中に身を置いている。

伊藤の役割は、肩書きだけで語れるものではない。彼の日常は、静かな実務の積み重ねによって支えられている。決して華やかなものではない。チェックインとチェックアウトの対応、清掃、アメニティの在庫管理、オンラインでの顧客対応。

目立たない一つひとつの積み重ねが、滞在の質を決めていく。小さな不備があれば、訪れた人の記憶に影を落とす。逆に、目に見えない部分まで整えられていれば、その空間は安心して身を委ねられる場所になる。宿とは、建物そのものではなく、そこに流れる時間の質によって成り立つものだと、彼は日々の業務の中で実感している。

同時に、伊藤は個人としての発信も行っている。SpotifyやYouTube、Instagramなど複数の媒体で発信を続ける。何が誰に届くのかはわからない。それでも、自分の目で見たもの、自分が感じたことを外へ向けて差し出すことに意味があると考えている。発信は結果を保証するものではない。それでも、未来の誰かとの接点になる可能性を持っている。宿事業には1円たりとも影響しないかもしれない。それでも、やれることはすべてやる。その姿勢は、佐渡へ来ると決めたときと変わらない。

 

空き家に眠る時間と向き合う

島に着いて最初に取り組んだのは、事務所となる空き家の片付けだった。長いあいだ使われていなかった家の中には、かつての暮らしの痕跡がそのまま残されていた。

家具や衣類、日用品の数々。それらを一つひとつ分別し、搬出し、クリーンセンターへ運ぶ。桐箪笥や着物など、都会ではなかなか目にしない品々が、静かに積み重なっていた。単調で、終わりの見えない作業だったが、その過程で彼は、空き家という存在の意味を少しずつ理解していった。

それらは「不要なもの」として置き去りにされていたが、決して無意味なものではなかった。伊藤には、そこに時間の気配が宿っているように思えた。誰かが選び、使い、守ってきた痕跡が残っている。それを単に廃棄するのではなく、どう受け止め、次へつないでいくのか。その問いは、空き家を扱う仕事の根底にあるものだった。

実際、桐箪笥はいまも建物の二階に残されている。捨てるのではなく、活かす。かつての暮らしの痕跡を、次の時間へと手渡す。その思想は、空間づくりの根底に流れている。

空き家が宿へと生まれ変わる過程は、単なる物理的な改修以上の意味を持つ。ほこりを払い、閉ざされていた空間に光を入れ、あるものを整え直すことで、家には再び時間が流れはじめ、人を迎え入れる場所になる。伊藤がやりがいを感じるのは、その瞬間だ。その変化は目に見える硫黄に深いものだった。

誰もいなかった空間に灯りがともり、笑い声が響く。居心地がいい、また来たい。そう言われるたびに、自分のしていることが誰かの記憶になるのだと実感する。

印象に残っているのは、再訪してくれた一組の家族だ。彼らは以前訪れた際のことを覚えていて、伊藤の名前まで口にしてくれた。海が好きで、到着するや否や水着に着替え、海へ向かう。サウナに入り、家族と犬とともに穏やかな時間を過ごす。

その光景を見ながら、彼は宿という場所の意味を改めて考えた。それは単に寝るための施設ではなく、人が大切な時間を過ごすための器だった。家族の時間を受け止める器なのだ。そこに流れた時間は、やがて誰かの記憶の一部になる。その一端を支えていることに、静かな責任と喜びを感じていた。

 

よそ者から、関係の当事者へ

最初の半年は、決して平坦ではなかった。東京から来た若者。島の人々にとって、伊藤は明らかな「よそ者」だった。外から来た若者に対して、島の人々は慎重な距離を保っていた。彼はその距離を無理に縮めようとはしなかった。ただ、自分から足を運び、挨拶をし、話をする。その積み重ねを大切にした。

受け入れられるまでには時間が必要だった。

彼は一軒一軒、集落を回った。挨拶をし、自分たちの取り組みを伝えた。効率を考えれば、省いてもいい工程かもしれない。それでも彼は、自分たちにしかできないことを選んだ。人と人として向き合うことを選んだ。顔を覚え、名前を覚え、言葉をかわすことを選んだ。

もともと年配の人と打ち解けるのが得意だったという。自分の性格や資質が、この土地で活きると感じられたことも、大きな支えになった。少しずつ関係も変化していった。応援してくれる人が増え、声をかけられるようになった。関係は、時間をかけて耕すものだと、島での日々が教えてくれた。

彼が描く未来は、宿を増やすことだけではない。空き家を宿として活用するだけでなく、移住者の住まいとして整え、島に新しい暮らしを呼び込みたいと考えている。観光で訪れた人が、やがて住むことを選ぶ。その循環を生み出すことができれば、島は新しい時間を歩み始める。

同時に、伊藤個人としても発信を続ける。島の内側から語る声として、影響力を持ちたいという願いがある。それは有名になりたいということではない。佐渡という土地の可能性を、自分の言葉で伝えられる存在になりたいということだ。

行ったことのない島へ飛び込んだ決断は、いまや彼自身の居場所を形づくっている。空き家に眠っていた時間を掘り起こし、人の流れをつなぎ直す。その営みの中で、伊藤拓也は問い続けている。自分はどこで、誰と、どんな時間を生きたいのか。

未知を選んだ一歩が、やがて誰かの帰ってくる場所になる。その静かな確信を胸に、彼は今日も島に立っている。