#003
島根県海士町
時間を耕し、居場所を編み直す選択 宇田川将也
オンラインの向こう側にある体温
宇田川将也は、十年以上にわたりITの世界で働き続けてきた。クライアントの要望を聞き取り、業務の流れを分解し、最適な仕組みを設計する。効率を高め、無駄を減らし、見えなかった課題を可視化する。業務を完了させることで誰かの仕事を軽くする。その積み重ねは、確かな専門性となって彼の中に蓄積されていった。問題を整理し、解決へと導くことは、彼にとって自然な行為だった。
けれど同時に、その仕事は常に画面の中に閉じていた。
チャットのログ、スプレッドシートの数字、オンライン会議の無機質な四角い枠。その向こうに人がいることは分かっているのに、どこか遠い。どこか現実感が伴わない。相手の表情や空気の変化は、圧縮された情報としてしか届かない。笑っているのか、困っているのか、その温度は完全には伝わってこない。効率化のために整えられた世界の中で、彼の身体は次第に、別の種類の手応えを求め始めていた。
仕事に不満があったわけではない。むしろ、自分の役割は明確で、成果も出ていた。それでもどこかで自分が関わっているものが、本当に存在しているのか確かめたくなる瞬間があった。作り上げた仕組みは、確かに誰かの役に立っている。だが、それを自分の手で触れることはできない。重さも、温度もない。そこにあるのは、結果としての数字だけだった。その距離感が、彼の中に言葉にならない違和感を残していた。
島根県の離島でDX支援に携わったとき、その違和感は、はっきりとした輪郭を持って彼の前に現れた。
その島では、宿が足りず、空き家はあっても改修が追いつかない。ただ、彼が港に立ったとき、潮の匂いが強く鼻を打った。風が肌に触れ、波の音が絶えず耳に届く。そこには、これまで画面越しに見てきた世界とはまったく異なる現実があった。生活そのものは脈々と呼吸を続けていた。
現場には、データでは測れない生活の匂いがあった。
ITの知見は役に立つ。しかし同時に、そこに立って初めて分かることがある。数字では測れない課題がある。データを整えることと同じくらい、空間そのものを整えることが重要なのではないか。頭の中で設計するだけでなく、自分の手で何かを変える側に回りたい。その思いは、ゆっくりと彼の中で形を持ち始めていった。
島根県の離島でDX支援に携わったとき、その違和感は、はっきりとした輪郭を持って彼の前に現れた。
港に立ったとき、潮の匂いが強く鼻を打った。風が肌に触れ、波の音が絶えず耳に届く。そこには、これまで画面越しに見てきた世界とはまったく異なる現実があった。若者が集まり、新しいことを始めようとしている。だが、泊まる場所が足りない。空き家はあるのに、手を入れる人がいない。建物はそこにあるのに、使われていない。まるで、時間だけが取り残されているようだった。
彼は、その空間の中に立ちながら、自分の胸の奥がわずかに震えるのを感じていた。データでは見えないものが、そこにはあった。空気の重さ、木の匂い、床の軋む音。誰かが確かにここで暮らしていたという痕跡が、静かに残っていた。ITの知識は、この場所でも役に立つだろう。だが同時に、それだけでは足りないとも感じていた。整えるべきものは、数字の流れだけではない。この空間そのものに、手を触れる必要があるのではないか。
そのとき初めて、自分の手で何かを変えてみたいという衝動が、はっきりと胸の中に生まれた。
DIYという言葉に惹かれ始めたのは、それからだった。壁を塗る。木を切る。釘を打つ。その一つひとつの行為が、なぜか強く心に残った。理由は説明できなかった。ただ、自分の身体がそこに関わっているという実感があった。汗をかき、手を動かし、目の前の空間が少しずつ変わっていく。

共同生活が教えてくれたもの
香川でのDIY募集を目にしたとき、彼は深く考える前に応募していた。朝から壁を塗り、古くなった床を補修し、日が落ちれば同じ宿に戻り、布団を並べて眠る。作業の合間には地元の業者に挨拶をし、昼にはうどんを食べ、また現場に戻る。短い期間だったが、その中で彼の感覚は大きく変わっていった。仕事と生活の境界が曖昧な時間を過ごす中で、彼は一つの感情に気づいた。
この人たちと一緒にいる時間が、純粋に楽しい。
その場で語られたのは、理想論ばかりではなかった。ITの体制が脆弱であること、業務が属人化していること、宿が増えるほど現場の負担が重くなること。宇田川は、その未完成さの中に自分の役割を見た。効率化やDXは、単なるコスト削減ではない。人が本来やるべきことに集中するための土台づくりだと、彼は考えてきたからだ。彼がこれまで培ってきた知識は、まさにそのために存在しているように思えた。

最初から明確なポジションを描いていたわけではない。そこには、面白い人たちがいて、まだ形になりきっていない未来があった。人生の選択は、必ずしも計算の上で決まるものではない。その事実を、彼はそのとき静かに受け入れていた。
まだ形になっていない挑戦の只中にいる。その事実が、彼の背中を押した。
仕組みをつくり、未来を増やす
現在、宇田川は宿の運営全体を横断する役割を担っている。マーケティングの結果をもとにした集客設計、問い合わせ対応の最適化、顧客満足度の向上。その一つひとつを仕組みとして整えていく。問い合わせの流れを整理し、顧客の動線を再設計し、売上データを可視化する。繁忙期と閑散期の変動を読み取り、適切な価格設定ができる基盤を整えている。
彼が目指しているのは、特定の誰かに依存しない運営体制だ。経験や勘に頼るのではなく、仕組みとして再現できる状態をつくる。それによって、現場にいる人々が本来の仕事に集中できるようになる。
さらに彼は、物件の仕入れを判断するための仕組みづくりにも取り組む。住所や状態などの情報を入力すれば、取得の可否を一定の基準で見極められるようにする。宿が増えれば、地域間の送客や相互作用が生まれる。数が増えることは、単なる拡大ではなく、選択肢の増加につながると彼は考える。
さらに彼は、物件の仕入れを判断するためのシステムの構築にも取り組んでいる。住所や建物の状態といった情報を入力することで、その物件が取得に適しているかどうかを一定の基準で判断できるようにする。宿が増えれば、地域間のつながりも生まれる。一つの拠点だけではなく、複数の場所が互いに影響し合い、新しい流れが生まれていく。数が増えることは、単なる拡大ではなく、可能性の広がりを意味していた。
もちろん、そのすべてが順調に進んでいるわけではない。AIを活用しながら開発を進める中で、自分でも完全には把握しきれていない部分が存在していることを、彼は正直に認めている。規模が拡大したときに、どのような問題が生じるのか。その不確実さは、常に彼の前にある。だが同時に、それは新しい領域に踏み込んでいる証でもあった。
彼を突き動かしているのは、単なる技術的な興味ではない。自分の時間の使い方を変えたい、新しいことに触れていたいという素朴な欲求だった。その奥には、自分が望む暮らしへの希求がある。場所に縛られず、地域と関わりながら働くこと。仕事と生活を切り離しすぎないこと。仕組みを整えることで生まれる余白を、誰と、どのように過ごすのか。その問いが、彼の中に静かに存在している。
組織の成長が、その理想に近づくことと重なっているからこそ、彼は仕組みを磨き続ける。
彼は語る。ここは宿や不動産だけの場ではない。地域の業者や行政と関わり、次々と新しい課題が生まれる。その課題に対し、自分は何ができるかを考え続けられる人にとって、これほど面白い場所はないと。
宇田川にとっての選択は、転職でも副業でもない。時間の使い方を変え、居場所を編み直す決断だった。効率化の先にあるのは、余白だ。その余白を誰とどう過ごすのか。彼は今日も、静かにその設計図を描き続けている。
